教科書研究にたいする不当な脅迫・妨害を糾弾し、抗議する声明
最近、教科書問題を研究討議する集会を妨害し、発言者を脅迫する行動が頻発している。それは「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)が編集する教科書を支援し、その採択の拡大をねらうグループによって行われている。
11月18日に、歴史教育者協議会・全国民主主義教育研究会・地理教育研究会共催により行われた「社会科教科書シンポジウム」では、「つくる会」が編集し、産経新聞社・扶桑社が発行・発売する予定の教科書内容を批判検討した千葉県の公立中学校A教諭にたいし、白表紙本を入手しその研究結果を報告することが違法行為だと非難し、「勤務校を言え」「言わなくても調べればすぐわかる」「教育委員会に知らせて処分させる」「処分覚悟でやっているんだろうな」などと十数名が共同して脅迫的言辞を浴びせつづけた。
さらにその後、A教諭の勤務先や自宅電話まで調べあげ、インターネットの複数のホームページでそれを流しつづけている。そしてさっそく学校長ならびに本人に面会を求めるとともに、その後も、全国各地から学校への電話・FAX、自宅への電話を連日のように送り、A教諭の日常の教育実践にたいしてまで根拠のない不当な非難を繰り返すとともに、面会強要の行為におよんでいる。さらに教育委員会にたいしても面会を求め、A教諭の処分を要求しつづけている。これらの行為は個人の平穏な生活を侵して人権を侵害し、学校の正常な運営を妨害する行為であって、市民の常識からしても許されない犯罪行為といわなければならない。
そもそも、白表紙本の内容について研究しその結果を公表することには、なんらの違法性がない。教科書関係の法令に市民あるいは一般公務員のそのような行為を違法とする条文を見いだすことはできない。したがって、最近、三重県で白表紙本のコピーが展示された件についての文部省の見解においても、展示行為そのものの違法をいうことはできず、文部省は検定審議会委員や教科書出版社にたいして公開しないよう求めていると述べたにとどまったのは、当然のことである。元来、このような文部省の行政指導なるものも、検定経過を国民の目から隠し、密室のなかでの検定を行うことによって検定にたいする国民の批判を封じようとする動機から出たものであって、不当なものである。いずれにしても、これは検定審議会委員、教科書出版社という限定された範囲にたいしての、しかも法令によらない行政指導に過ぎないのであって、一定部数印刷された白表紙本について、第三者がその提供を受け、その内容を研究し、その結果を発表することには何の違法性もない。
すでに多くのマスコミが、この「つくる会」教科書の内容に見過ごすことのできない重要な問題が含まれることを認識し、白表紙本の内容の一部が報道されてきたことも周知のことであるが、それについて違法性が問われた事実はない。そうである以上、A教諭の行為が行政処分の対象になるような行為ではないことはもはや明白である。
「つくる会」編集の教科書は、歴史学習は事実にもとづかなくてもよいと公言し、歴史事実を歪めたうえで、近代日本の侵略戦争を美化して、日本国憲法の原点である戦争への反省をないがしろにするばかりか、全体にわたって旧憲法を美化し、日本国憲法を否定する思想を前面にうちだしたものである。このような憲法否定の教科書の出現は、戦後教育史上においてもいまだかつてない重大な事態である。したがって、日本国憲法を擁護する立場から、この教科書のもつ重大な問題について研究討議することがきわめて重要かつ緊急の課題であると認識し、前記三団体が冒頭にあげたシンポジウムを企画し、A教諭がその場で研究結果を報告したことは当然の行為である。また、日本国憲法遵守義務を負う教育公務員としてA教諭が、すすんで教科書研究の任にあたったことは、称賛されこそすれ、なんら非難さるべき行為でないことは明らかである。
逆に「つくる会」編集の教科書を支持するグループの行為は、教師にとっても市民にとっても当然に認められるべき自由な教科書研究、教材研究、教育研究を暴力的に圧殺しようと企てるものであり、日本国憲法の保障する言論・思想・学問の自由を乱暴にふみにじる不法な行為である。
また「つくる会」支持グループは、
われわれの教科書批判をさして特定教科書への営業妨害だなどとも主張している。これはまさに天に唾する噴飯物の議論である。かれらはこれまで、くりかえし「産経新聞」の紙面などを使い、現行の他社教科書にたいする誹謗中傷を繰り返してきた。われわれのささやかな教科書批判を営業妨害というなら、「つくる会」の教科書の発行元でもある「産経新聞」を使った他社教科書の誹謗は、現行他社教科書にたいする数百倍、数千倍の営業妨害になるはずである。これこそ、自社教科書の採択を有利にするために自社の紙面を使うという、教科書採択の公正な競争のルールを公然とふみにじった不法な行為といわざるをえない。
かれらはなにゆえにこのような不法行為まで行って、教科書批判を圧殺しようとするのか。かれらは自身の白表紙本を、テレビ、「つくる会」機関誌、学校むけ宣伝文書などさまざまなメディアでみずから公表しておきながら、それにたいする国内外の批判がおこらぬうちに、あわよくばひそかに検定を通過させ、採択にあたって一定の力をもつ教育委員に政治的圧力をかけて多数の採択を実現しようともくろんでいたのである。しかし、国民の良識はそれを許さなかった。侵略戦争美化、日本国憲法否定の教育を子どもたちに押しつけ、ふたたび戦争に参加する国民を育てようというかれらの野望にたいして、いま国内外の批判が急速に高まりつつある。それを恐れたかれらが、いまこのような不法不当な行動に出てきたのである。
私たちは、いまおこっているこのような事態を広く知らせ、多くの人々の力を結集して不当な脅迫を許さぬ世論を大きくし、個人の人権を守り、教科書・教育研究の自由を守りぬく決意である。その運動は、憲法違反の教科書を許さず、日本がふたたび戦争参加、憲法改悪の道へすすむことを許さない運動と一体のものであり、ここに明らかにした一連の事態は、それが現時点のまさに緊急の課題となっていることを如実に示している。多くの団体・個人の方々に賛同をよびかけるとともに、運動をともにひろげることを訴えるものである。
2000年12月5日
子どもと教科書全国ネット21
歴史教育者協議会
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