東京都教育委員会(都教委)は、2009年から東京都独自の科目として「江戸から東京へ」を設置し、その「教科書」として2011年に『江戸から東京へ』を発行しました。都独自科目の教材なので、文科省の検定を受ける必要はありません。猪瀬直樹都知事(発言時は副知事)は、「なんの授業でもいい、この教材をとにかく使うようにと指示した」「とにかく一度は生徒が読むようにしたわけで、必修だよ」と、この「教科書」に込めた思いを語ってます(『正論』2012年5月号)。そして、2011年度には都立高校の全生徒と教員に、2012年度には新入生全員に配布されました。その数は10数万部になります。
2011年に発行されたこの『江戸から東京へ』(以下『11年度版』)には、監修者として東京都江戸東京博物館館長、横浜市ふるさと歴史財団理事長、元文部相視学官、都立高校副校長(2人)の計5人、執筆者として東京都立高校教員7人の名前が記されています。その後2012年度版、2013年度版と改訂され、一部が書き換えられました。書き換えの例を挙げると、南京事件で「多数」「民間人」の語句が消されて事件をあいまいにする表現に変えられたり、日本の戦争は侵略ではなく自衛のためだったとするコラムが付け加えられたり(『12年度改定版』)、関東大震災の記述で朝鮮人に対する「虐殺」という表現が削られるなど(『13年度改定版』)、語句の変更にとどまらず、何をどう学ぶかという基本に関わる内容におよんでいます。
ここで重大な問題は、この書き換えが、監修者や執筆者の意思・発議によるものではないどころか、合意を得ることすらなく進められてきたことです。『正論』2012年5月号緊急鼎談「『日本は自衛のために戦った』ーマッカーサー証言を取り上げた都立高校教材の衝撃」(東京都副知事<現都知事>猪瀬直樹/高崎経済大学教授八木秀次/東京都議会議員<当時>野田数)には、育鵬社教科書をつくった右翼的組織「教育再生機構」の描く歴史を、野田都議が都教委に持ち込んで書き換えさせた経緯や、猪瀬知事の歴史観が当然のように「教科書」に反映されたことが語られています。
監修者や執筆者の意向が顧みられないことは普通の出版物ではありえないことです。ましてや、教育的配慮と検討を必要とし、一字一句まで慎重さが求められる教科書で、政治の働きかけが優先され、関係する専門家がないがしろにされるなどということは言語道断です。
都教委は、直ちに『12年度改定版』『13年度改定版』の「教科書」の使用を中止すべきです。また、この事態が見すごされることがないように広く知らせ、世論を喚起していくことを呼びかけます。
2013年3月31日
一般社団法人歴史教育者協議会臨時社員総会